★ 〈白き竜〉 ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-8451 オファー日2009-06-28(日) 14:02
オファーPC 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ゲストPC1 イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
<ノベル>

 今日も、うんざりするくらいの暑さだ。ひどい暑さだ。銀幕市では考えられなかった暑さだ。おまけに、熱い。
 アルダン。中東の片隅の国。日本人のほとんどは、こんな名前の国があることを知らないだろう。石油産出国だがその量はわずかだ。国土の7割以上が砂漠だった。しかも残りの2割はステップで、1.5割は山と川。0.5割が、やっと人間の領域だ。
 そのごくわずかな生息地でも、人間は何年も前から紛争している。大国がこの戦いに介入したため、戦局は泥沼化していた。戦っているのは政府軍と反政府軍だ――実に単純な話だ。反政府軍は立派な名前を名乗っていたが、世界からは単にテロ集団と見なされている。しかし結局、勝てば官軍だろう。テロリスト呼ばわりする国々にとっては幸いなことに、反政府軍の敗色は濃くなってきていた。
 ひょっとすると、日本人に国名が知れ渡る前に、この国は滅びてしまうかもしれない。
 ごろごろ転がる死体は、ほんの1日で腐り始める。だてに砂漠ばかりの国ではない。陽射しをさえぎるものはろくになく、容赦なく皮膚を突き刺してくる。
 そんな暑さと熱さだ。人が好んで住むところではない。
 もっとも、月下部理晨が感じている熱さは、左の上腕から来ているものだった。屋根が残った建物がいくつも見つかったので、今はそのうちのひとつに隠れている。陽射しは脅威ではなくなっていた。
 数十分前、うっかり火傷してしまったのだ。炎上した建物から、イェータと、名前も知らない母子を助け出したときに、ほんの少しだけミスをしたから。
 助けた相手から罵倒されて、すぐに手当てしてもらえた。理晨は苦笑いを返して謝るしかなかった。もとはと言えば、イェータが無茶をして、救助される立場になったのが、この傷の原因でもあるのに。しかし理晨はそれを持ち出すつもりはなかった。イェータが怒っているのは、自分が悪いからだ。ならば、謝るしかないだろう。
「あー」
 理晨の向かいで、イェータ・グラディウスは、いつになくぐったりした様子で座り込んでいる。
「暑ィ。暑すぎる」
「そうか? 昨日よりはましだと思うけど」
「あのな! 誰のせいで『俺の温度』が上がったと思ってんのかな!」
「あ、それも俺のせいなのか。じゃあ、悪かったよ」
「『じゃあ』って! 『じゃあ』かよ!」
「そんなに怒ったら、また『温度』が上がるぜ」
 理晨が笑うと、イェータはぶつくさ言いながらも一応ボルテージを下げた。
 軽快な銃声と、腹の底まで震わせるほどの爆音が聞こえた。
 今日の作戦には、普段はけちな政府軍が爆撃機と戦車を出した。運良くテロリストの新たなアジトを発見したのだ。今回の作戦は、掃討作戦と言ってよかった。理晨とイェータが属する精鋭部隊も、前線に送り込まれている。
 この国の政府軍と世界各地の民間軍事会社――いわゆる傭兵団と懇意で、White Dradonもその末席に加わっていた。だが、政府がけちなせいで、会社が派遣できたのは理晨とイェータのふたりだけだった。
 団長のほうは、積まれた金額はさて置き、理晨とイェータふたりだけで充分と考えたようだ。政府軍が優勢とはいえ、たったふたりで激戦地に送りこまれたわけだが、当の本人たちはあまり気にしていない。
 理晨はイェータを強く信頼していたし、イェータも同様だった。そしてお互いに、「こいつさえいればなんとかなる」と考えていたのだ。
 問題は、この暑さ。
 そして、多くの仲間を、遠い銀幕市に残していかねばならなかったこと。
 White Dragonは現在、銀幕市に本拠地を移していた。
 世界に名だたる傭兵団が、世界のどこへ行くにも遠い、東の果ての日本の、首都でもない都市に引っ越した理由は、単純だったと言ってもいい――隊員から愛される月下部理晨が、銀幕市に惚れ込み、ほとんど入り浸りになってしまったからだ。もちろん彼は、呼び出しがあればこれまでと変わらずどこにでも行ったが、「帰る町」として銀幕市を認めてしまったのと同じことだった。
 理晨を誰よりも大切な『兄弟』としているイェータは、すぐに彼を追ってやってきた。イェータは必然的に銀幕市にとどまることになり、それからは、ふたりが特に呼び寄せたわけでもないのに、続々と隊員が集まってきた。
 そしてとうとう理晨派の隊員全員が、銀幕市に市民登録する運びとなったのだ。

 なつかしい。

 ざざざ、
『応答しろ、ウィスキー・ワン。現在位置を知らせろ……』
 ざりっ。
 無線、銃声、爆音、遠くに聞きながら、いつしか、理晨とイェータは見つめ合い、まったく同じことを考えていた――すなわち、銀幕市のことだ。こんな中東のはずれまで来て戦っている最中でも、近頃考えつくのは、あの銀幕市でのすばらしい日々のことばかり。
 ざりりッ、
『畜生。奴らトンネルを掘っ……やがった。10人……逃げ出……たぞ!』
『ウィスキー・ワン、応答しろ……』
『……に、向かっている。ウィスキー・ワン、ウィスキー・ツー……生きてるなら奴らを追え……』
 ざざざざ、
『皆殺しにしろ』

 もう、早くも、なつかしい。

 理晨が銀幕市に魅せられたのは、不思議な生物と出会った瞬間だっただろうか。自分が演じたあの男と出会った瞬間だったかもしれない。記念すべき一泊目に、不思議な夢を見たからかも。要するに、知らないうちだった。知らないうちのあっと言う間に、理晨は銀幕市が好きになったのだ。
 神の魔法がかかったまち。
 そんなまちは、世界中を飛び回った理晨にとっても、初めての場所だった。
 人が作り出した地獄は山ほど見てきた。
 銀幕市もときどきすさまじい戦場になったが、常にどこかに希望があった。
 そこでは、人の希望がかたちを持って、すぐ目の前を歩いていたのだ。

「なあ、うるさいから、そろそろ行こうぜ」
「そうだな」
 理晨とイェータは立ち上がった。ウィスキー・ワンは理晨――《RICIN》の、ウィスキー・ツーはイェータの、この作戦における無線でのコードナンバーだ。政府軍はNATO基準のフォネティック・コードを利用している。ウィスキーはW、すなわちWhite Dragonチームを指しているのだ。無線でコードネームではなくフォネティック・コードで呼ばれると、嫌でも米軍の兵士になった気分になる。
 イェータはすぐに外に出ようとしたが、理晨は逆に奥に歩いていった。部屋の隅で、先ほど炎上したべつの建物から救出した母子が小さくなっている。
「静かになるまで、出てきちゃだめだ。このあたりを安全にしたら、また戻ってくるから」
「いい加減なこと言わないで。安全なんて、どこにあるのよ」
 若い母親が、うんざりした顔でそう言った。この国の人間は、男も女も、子供でさえも、めったに笑わない。十数年の戦争が、彼女たちから希望という希望を奪っていったのだろう。母親が抱いた赤ん坊は痩せていた。まだ絶望も希望も知らず、指をしゃぶって、虚空を見つめているばかり。
 しかし理晨は、逆に笑ってみせる。
「言っただろ。安全にしてくるんだ、俺たちが」
 立ち上がって、歩き出す。建物の入り口の陰では、イェータがM249にベルト弾を装填していた。映画の元軍人のヒーローのように、数百発の弾丸をざらざらと肩からたすきがけにしている。イェータを知らない兵士なら、カッコつけても動きにくくなるだけだと嘲笑うところだろう。
 理晨は、彼の動きがあれくらいの重量で鈍るばすがないと知っていた。映画の真似をしたいのかどうかまではわからなかった――少なくとも、銀幕市に行く前までは、あまりそういう格好をしていないはずだ。
 理晨の今日の装備は使い慣れたM4だった。弾丸はまだたっぷり残っている。イェータほどではないが、歩けばざかざかと重々しい音がするくらいだ。
「お待たせ」
「こっちも準備が終わったとこだ。気にすんな」
「じゃ、行くか」
 理晨が軽く促すと、イェータは突然、しかめっ面で天井をあおいだ。
「あー、銀幕市に住むんじゃなかった」
「なんだよ、いきなり。どうして?」
「この暑さにいつまで経っても慣れねェの、あんな過ごしやすいところで1年も生活したからだ。すっかり身体が日本の気候に適応しちまった」
 建物の外の直射日光は、皮膚を突き刺すような熱さだった。これからこの中を駆けずり回って、重い銃を撃ちまくり、爆発物を投げまくり、人を10人ばかり殺しまくらねばならない。想像するだけで汗ばんでしまう。彼の気持ちもわかるので、理晨は苦笑いした。
「そうか。じゃあ、イラクあたりに引っ越さないとな」
「本気でそう思ってるか?」
 銃声とアラビア語が、比較的近くで起こったようだ。
「正直、もうちょっと銀幕市にいたいね」
「そりゃよかった」
 イェータの答えに、理晨は思わず噴き出した。
「どっちなんだよ。銀幕市にいたいのか、出たいのか」
「さあ。俺にはよくかわらん。でも、おまえがいたい場所なら、それはどこだって、誰だって居心地のいい場所だ。おまえがいれば、皆ハッピーだよ。つまり、銀幕市は今でもいいまちってことだ。いいことじゃねェか、ちがう?」
「よくわかったよ」
 ふたりは建物の中から飛び出した。
 50メートルも離れていないところで、理晨とイェータと同じ立場の傭兵と、テロリスト数人が衝突している。イェータの頬と肩を衝撃がかすめた。
 イェータはトリガーを引きっぱなしで、ミニミの弾速に任せた弾幕を張った。ばしばしと敵の銃弾や瓦礫のかけらが彼の白い皮膚を傷つけたが、たかが皮膚だけだ。土煙が上がり、テロリストがふたりばかり吹っ飛んだ。
 イェータの横で膝をついた理晨は、冷静に狙いを定め、ミニミの弾幕から逃れようとしたテロリストを、ひとりひとり確実にしとめていった。
「ぅおい! White Dragonか! 応援に来たんならちゃんと言えよ、危ねぇ!」
「悪ィ悪ィ、邪魔だから下がっててく……れなくてもよさそうだな、もう」
 味方の傭兵が慌てて下がってくる。イェータはようやく引き金から指を離した。舞い上がる土煙の向こう、瓦礫の中に、ざっと見積もっても6つの死体が転がっているのを確認した。無線によればアジトから逃亡したテロリストは10人だが、すでにどこにも姿がない。気配もない。うまく後退したようだ。
 銃を構えながら、ふたりは死体に近づいていく。遮蔽物の影にすばやく銃口を向けながら、じりじりと前に進んでいく。いったん後退した味方も、理晨とイェータを隊長と見なしたかのごとく、後についてきているようだ。
「なァ、今日20日だっけ?」
「21日だよ。どうした? ビデオ録画でも忘れたか?」
「ヤバイなァ」
「だからどうしたんだよ」
「サーモンだよ……冷蔵庫の。21日……今日が賞味期限だったんだ。誰か気づいたかなァ」
「ダメだろ、そういうことはちゃんとメモして冷蔵庫に貼っとかないと」
「やっぱりダメかァ」
「まぁでも、そんなにヤバくはないと思うけどな。スモークサーモンだろ?」
「ああ」
「1日や2日過ぎたって大したことないし。待てよ、消費期限じゃなくて賞味期限か?」
「そう」
「じゃあますます大丈夫じゃないか。1ヶ月くらいほっといても平気だろ」
「あれ、高かったんだぜ……」
「なんか、すでに腐ってること前提で嘆いてるな」
 うだるような暑さの中、新しい血潮と死体に、早くも蝿が群がり始めている。転がっているテロリストたちの死体は、片づけられることもなく、たちまち腐っていくのだろう――銀幕市の某所の冷蔵庫の中、スモークサーモンが腐るよりも早く。
「人間の食い物のことより、恵森の食い物のほうが心配だよ。ちゃんと食ってるかなあ」
「みんな、頼まれたことはちゃんとやってくれるさ。傭兵なんだから」
「いや、恵森の世話を頼んだのはジークなんだよ。あいつは傭兵じゃない」
「なら、余計に大丈夫だろ。恵森を理晨だと思ってかわいがってるさ」
「ときどき身体のあちこちがくすぐったくなるの、そのせいかな」
「エロい」
「なんだって?」
「なんでもないです」
「……ちゃんと散歩させてやってるかな。まさか骨付きの鶏肉とか食わせてねえだろうな。チキンはダメだ……骨がやわらかすぎて」
「そうそう。犬にやるなら、豚の骨」
「この辺に来たら、豚が恋しくなるよ」
「は? ……ああ、豚肉のことか」
「いきなり豚なんて、何のことかと思ってさ」
「飼われてる豚も見かけないだろ。豚そのものが恋しくなるんだよ」
「わかるよーなわかんねぇよーな……」
「角煮が食いたいよ」
「わかったよ。帰ったら、角煮だな。えーと、圧力鍋で……豚バラ肉を……」
「そういや、ここに来てからイェータの手料理食ってないな。なんで作らないんだ?」
「食材がねェの。銀幕市に帰ったら、腹いっぱい食わせてやるから」
「俺、帰ったら、イェータの手料理食うんだ……。こういうのって、最近は『死亡フラグ』って言うんだって?」
「映画のせいさ。『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……』」
 敵影はない。
 無線からは、早く探せという命令と、皆殺しにしろという命令ばかりが飛んでくる。
 理晨とイェータは、他愛もない、平和なまちの話をしていた。残してきた犬。恋人。仲間たち。冷蔵庫の中身。恋しい豚肉。目の前に広がるのは、爆撃と銃撃で破壊された土造りの町。死体。死体。陽炎。
 アルダン首都など、理晨とイェータには見えていないかのようだった。
 人が殺されて転がっている中、人がめったに殺されなくなったまちの話をしている。
「あんたら、呑気だな。映画じゃねぇけど、あんまり戦場で故郷の話なんかしないほうがいいぜ」
 傭兵のひとりが、呆れ顔で言ってくる。それに同意したらしく、他の傭兵も口々に言い出した。
「日本から来たんだって? あんな平和なところから、どうしてわざわざこんな地獄に来るんだよ……クレイジーだな」
「平和ボケか? 帰りたいんなら、死ぬ前に帰っといたほうがいいぜ」
 後ろからの雑音が大きくなってきたので、理晨とイェータは振り返る。イェータのほうは、なかば彼らを睨みつけるような眼差しだった。
「日本にも、戦場はあったんだよ」
「第二次大戦のときの話だろ?」
「ちがう、つい最近だ。俺と理晨はそこに住んでた。……今も住んでる」
「知らねぇな、そんなところが日本にあったなんて。まぁ、南アみてェに町ごとにヤバさがぜんぜんちがう国もあるが」
「ヨハネスブルグとはちょっとちがうけどな。でも、そこは、楽しいけど安全じゃあなかった」
「おめぇら、やっぱりクレイジーだよ」
「あんたも来てみればよかったのにな。いろいろ、変わるぜ」
 そう言ってから、理晨はイェータと顔を見合わせた。

 銀幕市はひと月前に、不思議な夢から醒めたのだ。
 病気や事故以外で、市民が死ぬことはなくなった。平和な国のまちのひとつに戻ったのだ。
 夢を喰う生物はいなくなった――理晨の肩の上にもいた、あの、理想郷という名のバッキーも、6月13日の深夜に、帰っていった。
 理晨が『弟』と見なしたひとりのムービースターも、いなくなった。
 イェータが奇妙な親近感を覚えたひとりもムービースターも、同じく。
「また、明日」とばかりに、ムービースターたちはいつもの別れを告げていった。
 例外はなかった。皆、消えた。
 残されたものは、プレミアフィルムだけ……。
 6月14日、目覚めた朝の異様な静寂を、ふたりは覚えている。それが、3年前までの銀幕市の平常だったとは、とても信じられなかったし、信じたくない気がした。
 夢と悪夢のような時間だったけれど、市民にとって、あの3年間はまぎれもない現実だった。
 絶望やヴィランズや古い神々と戦って負った傷の痛みを覚えている。
 現実にはない調味料や食材で作った料理も味も、うまいまずいにかかわらず、覚えている。
 イベントでわいわいと楽しくやっていた人と、生きるために真剣に議論を交わしたこともあった。
 すべては現実であった。美原のぞみにとってはただの夢だったかもしれないが、理晨やイェータや市民にとっては……まぎれもない、かけがえのない、現実だった。
 ふたりが銀幕市で暮らし始めたのは、ほんの1年ばかり前からだ。
 それでも、もうすでに10年は住んでいたかのような気分だった。それほど銀幕市では、多くの人と出会い、ともに過ごし、戦って、勝利してきた。あのまちにおいても自分たちがかかわった事柄と言えば、戦いが主だったが――きっとそれでよかったのだ。平和な日本とは縁遠い自分たちの力が、役に立てたのだから。
 ただイェータは、理晨がすぐにいつもの、銀幕市とハリウッドと戦場を飛び回る生活に戻ると思っていたから、彼がまだしばらく銀幕市にとどまると言ったことに、少しばかり驚いた。
 彼が残ると言うのなら、自分も残るだけだ。
 あれから1ヶ月。理晨はこの戦場に来ているけれど、仕事が終われば、銀幕市に「帰る」と言っている……。
 イェータは、大切な自分の『兄弟』の気持ちが、わかってきた気がするのだ。
 理晨はけっして、未練がましく銀幕市の思い出にしがみついているのではない。銀幕市には、彼らが愛したムービースターが、いつでも「ただいま」とばかりに戻ってきそうな――奇跡の可能性を感じるのだ。
 彼らを近くに感じる。
 彼らといっしょに暮らしている。
 かたちのない希望が、そこらじゅうを歩くまち。

 イェータが、人間離れした速さで動いた。銃弾は彼に当たるはずがまったくかすりもせず、彼の背後にあった壁にめりこむ。重いM249は投げ捨てられていた。かわりに、熱線のような陽光を浴びてかがやく、サバイバルナイフが彼の手にあった。
 ナイフは飛んだ。
 入れ違いに、手榴弾が飛んできた。
 ナイフはテロリストの額に吸い込まれ、イェータの足元に転がった手榴弾は、理晨が拾い上げて、投げ返していた。
 爆発で、ひとりが吹っ飛んだ。
 あとふたり。
 アラビア語の叫び声。「このイヌどもが!」というようなことを叫んでいるようだ。
 あたりには銃声が充満し、いくつもの国の罵声が飛んだ。
「使え!」
 理晨が自分のナイフをイェータに投げる。イェータはわざわざ返事をしなかった。ナイフを受け止め、自分のスペアのナイフも合わせて、同時に2本投擲した。
 しくじった。
 左手の汗のせいだ。
 こんなことも、たまには起こる。
 1本は確実に敵ののどに刺さったが、もう1本は鎖骨を砕いただけだった。
 テロリストはまた何か叫んだようだ。
 だがそれもすぐに悲鳴に変わった。理晨がハンドガンを抜いてイェータをフォローしたからだ。のどと胸と最後に頭、5発ばかりの9ミリを食らって、最後のひとりは仰向けに倒れた。
 あれだけ幅を利かせていた銃声が、ぴたりととまる――。背筋が寒くなるくらいの沈黙が、この太陽の下を流れる。
 理晨は無線を取った。
「こちらウィスキー・ワン。10名の死亡を確認」
『本部了解。ただちにブラボー・チームを伴い、ポイント4に向かえ』
 ブラボー・チーム。たぶん、今後ろをついてきて援護してくれている傭兵たちのことだろう。振り返って彼らの無事を確認してから、理晨は作戦本部に聞き返した。
「ポイント4?」
『南東1.5キロ先だ。エコー・チームが襲撃を受けた。応援を要請している』
 ふたりは南東の方角に目をやった。確かに、銃声と爆音はそこからも聞こえてくる。
「ウィスキー・ワン了解。ポイント4に向かう」
「まったく、人遣いが荒いぜ。金で買える兵器だってのをいいことによォ」
 ぼやくウィスキー・ツーに、ウィスキー・ワンが苦笑いを向ける。
「この調子なら、今週中には片づくさ。この国もだいぶましになる。テロリストがいなくなるんだからな」
「戦争始めて15年だっけか? この国。いっそ、俺たちで完璧に終わらせちまってもいいな」
「国ひとつ滅ぼす気か?」
「ンな馬鹿な」
「さっきの親子と約束しちまったからな。この国を安全にする、って。俺たちが」
「そんなことも言ってたっけ。理晨は人がいいからなァ」
「イェータだって、けっこう優しいぞ」
「おまえには確かに優しい。でも、他のやつのことはどーでもいい」
「またまた。そんなことないって。ツンデレのつもりか?」
「は?」
「ツンデレだよ、流行ってたろ」
「流行ってたっけ? 銀幕市の話だよな?」
 頭上をヘリが数機通り過ぎていった――が、ふたりが向かう先の南東からロケット弾が数発飛んできて、1発がヘリを一機仕留めてしまった。空全体に、ヘリの断末魔が響きわたる。ヘリはきりもみ回転しながら、ポイント4めがけて堕ちていった。
「あー、やだやだ。RPG相手は面倒だ」
「嫌なことは早く終わらせるに限る。さっさと片づけて、帰ろうぜ」
 銀幕市に。
 ふたりはなおも、銀幕市のことばかり考え、銀幕市のことを考えながら、南東へ向かっていった。少しでも早く作戦が終わるようにと、駆け足で。
 同じ空の下に、あのまちがある。
 そう考えたら、この見慣れた地獄も、少しは美しく見えてくるのではないかと……ふたりは、淡い希望を抱いているのだ。




〈了〉

クリエイターコメント舞台は架空の国です。
やっててよかったCoD4。戦場の描写が楽になりました。
このノベルが、PL様のイメージに沿うものであったなら幸いです。オファーありがとうございました。
公開日時2009-07-16(木) 18:10
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